今回「IN TRANSIT」の一環として、カナダ・モントリオールにて毎年5月下旬から6月上旬に開催されるフェスティバル・トランスアメリーク(Festival TransAmériques、FTA)を訪れた。1985年に創設され隔年開催だったアメリーク演劇祭(Festival de théâtre des Amériques)が発展的に解消して2007年に発足したFTAは、文化収奪的な欧米中心の国際フェスティバルとは異なる独自の方向性を模索する場として注目されてきた。今回は、2021年からジェシー・ミル(Jessie Mill)とともにFTAの共同ディレクターを務めるマーティン・デネワル(Martine Dennewald)に、FTAの現在の取り組みや問題意識、運営に至るまで幅広く話を聞いた。
──2007年にフェスティバル・トランスアメリークへと名前が変わって、今回で19回目の開催となります。まずは、マーティンさんが今回どのような点を重視してプログラムを組まれたのか、FTA全体のテーマや基本的なコンセプトについてお聞きするところから始めたいと思います。
マーティン:私たちは三代目のディレクターになるのですが、フェスティバルの中核となる基本的なアイディアや目的、コンセプトなどは、創設者である初代ディレクターのマリー=エレーヌ・ファルコンや二代目ディレクターのマルタン・フォシェから引き継ぐ形で、彼女たちとの連続性を意識して考えています。重視しているのは、このフェスティバルはなぜ創設されたのか、また、どのように運営されてきたのか、という歴史的な視点です。現在を有意義なものとするためには、歴史との関係を考える必要があります。大切なのは過去の遺産を継承し、現在において発展させること、そして、それを未来へと継承していくことです。だから、私たちは年ごとに異なるテーマを設定するのではなく、つねに連続的な時間の流れのなかでプログラムを考え、考察を深めています。プログラムを組むために作品を選定するときは、それが最終的に、FTAの歴史のなかで一貫した「線」となることを意識しています。
──プログラム作品を選定する際は、具体的にどのような点を重視されるのでしょうか。
マーティン:作品を選ぶときは、演劇ならそこで語られる物語が、ダンスならその動きや形式が、FTAやモントリオールという場所でどのような意義を持ちうるかを重視して決めます。 だから私たちのなかでは、モントリオールという場所やそこで暮らす人々を、いかに日常とは異なる仕方で「世界」と接続できるかが問題となっています。モントリオールは北アメリカ有数の文化都市であり、移民と植民地支配の歴史を持つ土地であり、先住民の人々の言葉で「ムニヤン」(アニシナーベ語)あるいは「ジオジャケ」(モホーク語)と呼ばれる土地であり、人口の8割以上をフランス語話者が占めるカナダの州(ケベック州)であり、多層的な歴史と記憶を有する場所なのです。この場所の具体性に基づいて、そのなかで思考し、対話し、知的な応答を促すことがプログラムの根底にある目的です。
──作品の上演前に、先住民と環境問題についてのアナウンスがなされることも印象的でした。
マーティン:これは、私たちがディレクターに就任した4年前から導入したものです。マルコム・フェルディナンが『脱植民地的エコロジー(Decolonial Ecology)』で指摘するように、植民地主義の暴力と環境破壊とは、実は歴史的に不可分な問題です。白人男性至上主義のイデオロギーは、植民地支配と同様に、人間が他の動物や植物、天然の資源を簒奪し利用することを正当化する際にも用いられてきました。だからFTAでは、このような歴史的、文化的、そして現在的な問題意識を持った作品を取り上げるようにしています。今回でいえば、ティチアーノ・クルーズの『Wayqeycuna』はまさにこの問題を正面から扱った作品ですし、フェミニズムと資本主義、環境破壊をテーマとする『消防士たちと放火魔たち(Pompières et Pyromanes)』(Martine Delvaux+Bureau de l’APA)なども、私たちの問題意識と共鳴する作品といえます。
──このような問題意識は非常に重要だと思います。しかしその一方で、これだけの規模の国際フェスティバルはそれ自体、環境問題と相性が悪いようにも思うのですが。
マーティン:その通りです。国際的なフェスティバルである以上、特に二酸化炭素排出の問題を避けて通ることはできません。だからといって私は、FTAのような国際フェスティバルをやめるべきだとは思いません。世界中から人々が集い、出会い、対話し、問題意識を共有することを可能にするこのような場は、それだけの価値があると思うからです。だからこそ、このフェスティバル・センターや各劇場ではリサイクルやゴミの分別など、ささやかながらも環境への負荷を軽減する具体的な試みを実施しています。FTAでの体験が新たな価値観へとつながるようにすることが、私たちの仕事です。
──作品の視察やプログラムを決定する際は、ジェシーさんとの役割分担はされているのでしょうか。
マーティン:いいえ、すべて2人で一緒に決めています。ジャンルや地域で分担することもありません。大事にしているのは、2人の間で常に対話を行うことです。もちろん、FTAの運営組織は私たち2人よりも大きなものですから、可能な限り他のスタッフとも対話をして、時間がかかったとしても、開かれた透明なプロセスを経てプログラムを決定するようにしています。
──マーティンさん個人として大事にされていることはありますか。
マーティン:私のキャリアの出発点はドイツですが、その時から一貫して重視しているのは、「学ぶ場」としてフェスティバルを組織することです。旅することや言語を学ぶことは、いずれも私にとって「学ぶ」という点で共通しています。常に意識しているのは、作品やアーティストとの対話を通じて新たな文化的コンテクストを学ぶことです。仕事をはじめて20年近くになりますが、若い世代のアーティストの考えや視点を積極的に取り入れるようにしていますし、自分の好き嫌いにこだわって物事を捉えることはないようにしています。もちろん、それを完全に排除することはできませんが、だからこそ、自分自身の既存の視点をつねに問い直し、私だけでなく観客にとっても新たな視点を「学ぶ場」としてFTAを組織することが重要だと考えています。
──メイン以外のOFFプログラムも非常に充実していますよね。メインとOFFとはどのような関係にあるのでしょうか。
マーティン:FTAの期間中には、OFFTAフェスティバルなど、FTAとは異なる組織によって運営されているOFFプログラムがいくつかあります。ただし、作品の内容や規模に応じてFTAとOFFをアーティストが行き来することがあります。つまり、数年前にFTAで作品を発表したアーティストが今度はOFFで作品を発表する場合や、その逆もありえるのです。アーティストから作品のプランを聞いたとき、その内容や規模によっては、こちらからOFFを勧めることもあります。どちらもモントリオールのアーティストにとっては、自らの作品を世界に向けて発信する重要な場になっています。
──少し方向を変えて、FTAの運営や資金面についてお聞きしたいと思います。FTAにおいて、公的助成とチケット収入の割合はどのようになっているのでしょうか。
マーティン:FTAには約40の資金源があります。そのうちの60%が主にモントリオールやケベック、カナダのアーツカウンシルなどからの公的助成で、残りの40%を民間の助成金や寄付金、チケット収入やグッズの売り上げなどで賄っています。幸いなことにチケットの売り上げは毎年好調で、だいたい全体の約10%をチケット収入が占めています。
──どの公演もほぼ満席ですよね。特に若い観客が多く、客席に活気があって驚きました。
マーティン:海外からの業界関係者だけでなく一般の観客も多く、毎年約93~96%の客席稼働率を維持しています。なかでも、地元の若い観客の多さはFTAの特徴といえるかもしれません。1985年にアメリーク演劇祭が始まった時から一貫して続けている教育プログラムがその要因のひとつです。かつて学生として来ていた人が、今は教師になって生徒を連れてくるなど、継続することによって世代間の継承が順調に行われているのはとても好ましい状況だと思います。
──モントリオールで過ごした数日間は、私自身にとっても、新たな作品や人々との出会いを通じて、これまでとは異なる視点を学ぶことができた刺激的で幸福な時間でした。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
マーティン:こちらこそありがとうございました。
インタビュー実施日:2025年6月2日、聞き手:関根遼
マーティン・デネワル(フェスティバル・トランスアメリーク共同芸術監督)
ライプツィヒにてドラマトゥルギー、ロンドンにてアートマネジメントを学んだ後、ルクセンブルクやドイツ、イギリス、ハンガリー、スイス、オーストリアの劇場や演劇祭で働く。その後、フランクフルト・ムーゾントゥルム劇場で数年間、ドラマトゥルクとしてNiels Ewerbeck と協働。2015年から2020年にかけては、ハノーヴァーとブラウンシュヴァイクで交互に開催される11日間の舞台芸術祭テアターフォルメンの芸術監督を務めた。2021年6月半ばからは、ジェシー・ミルとともにフェスティバル・トランスアメリークの共同芸術監督を務めている。