はじめに——プログラムとアソシエイトアーティスト制度

2025年6月24日(火)から30日(月)にかけてHolland Festivalの視察でオランダ・アムステルダムに滞在した。Holland Festivalは1947年からアムステルダムで開催されている歴史ある芸術祭で、プログラムには様々なジャンルの先鋭的な作品が並ぶ。78回目の開催となる今年は6月11日(水)から29日(日)までの19日間で55プログラム(演劇8プログラム、音楽12プログラム、ダンス22プログラム、オペラ2プログラム、ワークショップ5プログラム、映画4プログラム、音楽劇3プログラム、そして領域横断(multidisciplinary)1プログラム)が実施された。

Holland Festivalの大きな特徴として、2019年に導入された「アソシエイトアーティスト」制度がある。これは毎年異なるアーティストがアソシエイトアーティストとして選ばれ、自身の作品を発表するのみならずプログラミングにも関わることで、その年ごとに特色あるラインナップを実現するものだ。たとえば2021年には坂本龍一もジゼル・ヴィエンヌとともにアソシエイトを務めている。2025年はアメリカ出身の振付家・ダンサーのトラジャル・ハレルがアソシエイトアーティストを務めた。

今回、いくつかの視察対象候補からHolland Festivalを選んだのも、ハレルがアソシエイトアーティストを務めていたことが理由の一つだ。ハレルはモダンダンスやポストモダンダンス、あるいは舞踏などのダンス史を踏まえながら、そこにヴォーギングの伝統やファッション(ショー)の要素を融合させた作風で知られている。ヴォーギングはファッション誌『VOGUE』のモデルポーズに由来するダンスで、主にアフリカンアメリカンやラテン系のトランス女性や女装ゲイ男性がその担い手となったボールルームカルチャーにおいて発展し、80年代に生まれてきたもの。1990年にマドンナのシングル「ヴォーグ」のMVでフィーチャーされたことで広く一般にも知られるようになった。つまり、ハレルはクィアカルチャーとも関わりの深いアーティストなのだ。

IN TRANSITにおける私の目標は「まだ見ぬアーティストや作品、日本とは異なるコンテクストに触れ、新たな知見を獲得すること」と「それらの紹介を通じて日本の舞台芸術を相対化し、あるいは今あるそれらとはまた別の可能性を示すこと」にあり、なかでもLGBTQに関連するものに重心を置いてリサーチを行なっている。その観点から、ハレルがアソシエイトアーティストを務める2025年のHolland Festivalは視察先としてふさわしいように思えた。オランダが2001年に世界で初めて同性婚を法制化した国であり、アムステルダムが世界で最もLGBTQフレンドリーな都市の一つとして知られる街であることが今回の視察先の決定に影響していることは言うまでもない。

今回の滞在(移動日を除いて実質5日間)で観劇を予定していたプログラムは以下の14本。

このうちアスタリスクを付与したものはハレルの「Welcome to Asbestos Hall」という企画の一環として上演されたもの。土方巽が拠点とした「アスベスト館」に由来する「Welcome to Asbestos Hall」は、Likemindsという倉庫のようなアートスペースを会場に、ハレルが招いたダンサー、ミュージシャン、デザイナーによる様々なプログラム——実験、リハーサル、プレゼンテーションから構成される、言わばフェスティバル内ミニフェスティバルとでも呼ぶべき企画で、ハレル自身によるスタジオビジットが5プログラム、ゲストによるパフォーマンスが9プログラム、ワークショップが4プログラム、そしてトークや映画、ナイトイベントなどが11プログラムで計29ものプログラムが含まれている。上演時間30分程度のプログラムも多数あり、トークも込みでの数とはいえ、フェスティバルの全プログラムのうち半数以上が「Welcome to Asbestos Hall」のものだという点からも、Holland Festivalにおけるアソシエイトアーティストが、いわゆる芸術監督にも似た大きな役割を担っていることが窺える。

アソシエイトアーティストによるもの以外のプログラミングは、音楽(劇)・ダンス・教育・ユースプロジェクトなど異なる専門を持つ4名のプログラマーが担当している。第二次世界大戦の終結から間もなくはじまったHolland Festivalは、戦争の悲劇を二度と引き起こさないために文化的交流を促進し、他者の目を通して世界を見ることを学ぶための場として構想され、その精神は現在にも引き継がれている(このことは各プログラムの開演前のアナウンスでも触れられていた)。プログラマーの一人であるKatinka Enkhuizenとのミーティングの機会に聞いたところでは、もともとHolland Festivalは国外の文化を紹介する場としての側面が強かったという。だが近年では、グローバリゼーションが進み移民も多い現状を反映し、すでに国内に存在している多文化的状況に改めてフォーカスを当てるようなプログラムも増えているらしい。

ちなみにLGBTQ関連では、プログラミングに際してはアーティストが当事者であるかどうかは考慮していないとのこと。一方で、クィアな=規範を揺さぶるような作品は積極的にプログラミングしているという。すると自ずとクィアなアーティストが一定数はプログラムに入ってくるということのようだ。

 

観客を育てる取り組み

アーティストや作品の多様性はもちろん、Holland Festivalは観客の多様性にも意識的だ。日本でもそうだが、舞台芸術の観客の中心となっているのは日頃から文化芸術に親しみ、劇場に足を運ぶ金銭的・時間的余裕のある人々でしかないということは折に触れて思い出す必要があるだろう。膨大な数のプログラムが並び、しかも国外からのものが多い国際舞台芸術祭では観劇のハードルはさらに上がることになる。いかに幅広い層に舞台芸術への興味関心を喚起し、観劇のハードルを下げることができるかは重要な課題だ。

たとえば今回のHolland Festivalでは、観客が自身の興味関心に近いプログラムを探すのを助ける手段として、テーマ別にプログラムのいくつかをグループとして括った「ROUTE」が用意されていた。「ROUTE」は作品内容別の「(Her)Story」(男性の視点からのhistory=his storyに対するオルタナティブとしての女性の視点からの語り)と「Radical Movement」、初めてフェスティバルに参加する人向けの演目(大御所ピチェ・クランチェンの新作からクラシックなオペラまで)をまとめた「My first Holland Festival」、ナイトイベントをまとめた「Nighthawks」、そしてアソシエイトアーティスト関連の「Trajal Harrell」の5つ。個々のプログラムにはさらにハッシュタグが付されていて、演劇やダンスなどジャンルごとのタグがあるのはもちろん、「ROUTE」を示すタグもあれば「# intense」や「# intimate」など作品の雰囲気を示すタグもある。ハッシュタグの活用はプログラム数が膨大だからこそ可能かつ必要な取り組みではあるものの、ライトな観客層に優しい、芸術祭への参加のハードルを下げる設計と言えるだろう。加えて様々なジャンルの6名のアンバサダーによるリコメンドコメントも動画とテキストで発信されていて、公式サイト一つ取っても、観客が個々のプログラムにリーチするために様々な動線が用意されていることがわかる。

観客を育てるための取り組みとしては、18歳から39歳を対象に特定の演目のチケット代が25%オフになるHF Youngや、その有料会員版でコミュニティとして様々な特典を得られるHF Young+といった枠組みが用意されている。改めてプログラムに目を向けてみれば、ほとんどの上演プログラムには関連するトークがセットで用意されており(毎公演行なわれるプレトークもあれば独立したトークプログラムもある)、作品やアーティストをそのコンテクストとともに提示しようという姿勢がはっきりと見てとれる。上演を消費して終わるのではなく、その前後に思考を紡ぐための糸口を用意していることもまた、観客を育てるための取り組みの一環ということができるだろう。


執筆:山﨑建太