
「IN TRANSITー異なる文化を横断する舞台芸術プロジェクトー」の令和7年度(2025年度)の報告会が、12月23日(火)に山吹ファクトリー(東京・新宿)にて行われました。
2024年度に立ち上がった同プロジェクトは、複数年にわたり日本のクリエイターらの国際的な活動展開を支援する、文化芸術活動基盤強化基金による「クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業」の採択を受けて、株式会社precogが主催・企画運営を行っています。
2年目となる本年度は、レクチャーを5回実施したほか、5つの海外フェスティバルやプラットフォームへの視察を設定し、プレゼンテーションやネットワーキングの機会を設けました。また、今年度は国際芸術祭「あいち2025」や「秋の隕石2025東京」、「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2025」 とも連携し、プレゼンター招聘も実施しました。
プロジェクトのプロセスと成果はウェブサイトで公開し、国際的な活動に関心をもつ次世代に向けて、ナレッジをシェアしていくことにも努めています。
本事業のディレクターである黄木(precog)がこれらの事業概要を説明し、つづいて育成対象である15名の参加者が、本年度の活動について報告しました。また事業内で国際展開に向けた諸レクチャーを担当した橋本裕介さん(ベルリン芸術祭チーフ・ドラマトゥルク)と中村も、指導者という立場で参加。橋本さんはドイツ在住のため、本報告会はオンラインで参加し、各報告者の発表が終わるごとにフィードバックを行いました。
上田久美子・加藤奈紬
上田さんは長きにわたって宝塚歌劇で脚本・演出を担い、現在は日本とフランスを拠点にフリーランスで活動しています。加藤さんはフリーランスの舞台制作者・プロデューサーで、普段は主に、豊岡演劇祭(兵庫・豊岡)の業務に従事しています。
2人は本事業でペアとなって活動し、上田さんが拠点とするフランスで創作環境を整えていくことに挑戦しています。前年度のリサーチをもとに本年度は、登録すると望ましいとされるフランスにおける舞台芸術従事者向けの社会保障制度への申請を進めました。申請にあたって、アソシエーションの設立や、公的な団体番号の発行なども行なったそうです。
このような環境整備と並行して現在は、パリの芸術センターにてインタビューやコンセプトリサーチなどの創作も進行中だといいます。
加藤さんは次のステップとして「資金調達に励むほか、対等な関係で協働していける作品づくりのパートナーを見つけたい。また、これらの創作の仕組みを持続可能なものにできるよう、プロセスの言語化にも努めたいです」と語りました。
上田さんは「まずはこの土地で実績をつくっていく必要があります。限られた時間を活用して密度のあるものをつくりたいです」と述べました。
橋本さんは、実際に制度への手続きを進めていく2人の具体的な行動力を賞賛するとともに、パートナーを見つけていくという課題に対して、レセプション等でのネットワーキングの機会を活用するなど、出会いを深めていくことの大切さを指摘しました。

橋本裕介さん(画面右上)と、上田久美子さん。報告会には情報保障として手話通訳とUDトークが入りました

加藤奈紬さん
オル太(Jang-Chi・メグ忍者)
オル太は5名で構成されたアーティストコレクティブで、本プロジェクトにはJang-Chiさんとメグ忍者さんが参加しています。
本年度は、前年から準備を重ねていた「あいち2025」に向けた新作『Eternal Labor(エターナル・レイバー)』を上演したことが大きな成果となり、報告では、主に作品内容について紹介しました。
同作品は、展示と公演の両形式で披露され、日本帝国時代の支配と、現代の分断・連続性・経済発展のもとで行われた搾取と労働を、現代女性の身体と重ねながら提示しようと試みたといいます。リサーチの過程では、福岡や長崎、対馬のほか、海外では韓国のソウル、カナダのケベックに渡りました。
Jang-Chiさんは、創作に向けた思考のプロセスを、参考文献を例に挙げながら具体的に説明しました。
橋本さんは、会期中に観劇が叶わなかったことを悔やみながらも「鑑賞した欧米のプロフェッショナルから『大変興味深い作品だった』という声を聞いた」と話します。
また、国際展開におけるオル太の強みも指摘。「一般的にプレゼンターらは作品の外形的な説明を求めますが、アーティストは必ずしもそういう順番で作品を構想しないという現実があり、新作の説明には苦労することがあります。しかしオル太の場合は、美術分野でも活動を続けてきたことから、コンセプトを立てる段階で時間軸や舞台セットを共に構想している。プレゼンがしやすいという強みがあるのではないでしょうか」と語りました。

Jang-Chiさん(左)と、メグ忍者さん(右)
筒井潤/dracom
筒井さんは、演出家、劇作家、俳優であり、公演芸術集団dracomのリーダーを務めています。「FTA(Festival TransAmériques)」(カナダ・モントリオール)と「SPAF(Seoul Performing Arts Festival)」(韓国・ソウル)での視察の内容を報告するとともに、本年度上演した3つの公演について、その様子を報告しました。
特筆したいのは、YPAM(横浜国際舞台芸術ミーティング)のフリンジプログラムで再演したdracom『唯一者とその喪失』についてです。英語字幕付きで上演し、海外のプレゼンターも訪れました。
同作のあらすじは、貧困に陥った氷河期世代の日本人男性が、来日して働くベトナム人女性から金品を奪い殺害するというものです。ポストコロニアリズムの視点も含まれていますが、主に焦点を当てていたのは日本人男性が置かれている社会的状況で、この背景が海外から訪れたゲストにどのように伝わるのか、上演前は不安を抱えていたといいます。
しかし上演を終えると「悲しい。どちらも資本主義の犠牲者だと感じた」といった感想が聞かれ、作品へのまなざしが日本人男性にも向けられていたことが分かったそうです。筒井さんはその伝わり方に安堵したといいます。
また筒井さんは、シェイクスピアの台詞を引用しながら「『演劇は社会を映す鏡』といいますが、『上演』をすると、その鏡は乱反射を起こします。国際的な場で発表するなら、その反射は一層激しいものとなるかもしれません。それに耐えうる強度のある創作をすることの大事さを身をもって知りました」と語りました。
橋本さんは同作を海外向けではないと心配する必要はないといい、「同時代の課題は、普遍的な問題として地域を超えてつながっています。国際フェスティバルへの参加を重ねながら、得られた視点を作品のブラッシュアップに活かしていくと良いかもしれません」と述べました。

『唯一者とその喪失』舞台写真と、筒井潤さん(右奥)
萩原雄太・山本卓卓・坂本もも(日中当代表演交流会)
「日中当代表演交流会」は、日本と中国のアーティスト・キュレーター・プロデューサーが自発的に行う、“交流”プロジェクトです。作品創作を前提とせず、対話や体験でお互いの興味関心を深め合い、新しい国際交流のあり方を模索しています。日本から萩原さん、山本さん、坂本さん、中国からワン・モンファンさん、ジャン・ユアンさん、アンナさんが参加中で、坂本さんが概要を報告しました。
本年度は、毎月オンラインで顔を合わせ、その都度興味関心に合わせて話をしたそうです。各言語の「言葉の用途」を整理していったことが、特に印象的だったといいます。それについて萩原さんは「言葉の意味より、ニュアンスを共に探っているような様子です。通訳を介さず会話をしているので時間を要しますが、それでも伝え合うことができています」と話しました。
また、岩手県宮古市にて滞在生活を実施し、その後岩手、東京、京都で開催したワークショップ、報告会などの様子も具体的に報告しました。
現在、日中間は政治的な緊張がつづいていますが、山本さんは「個々人の関係というものは、政治的な状況に左右されるものではないと思います。このような関係のありかたを、ひとつの態度として示していきたいです」と述べました。
交流を目的として始まったプロジェクトですが、現在は創作への興味が湧いているそうで、次年度は日本でのリサーチを行うほか、中国での滞在制作も検討していると話しました。
橋本さんは「国際的なプロジェクトを実施する際には、海外のパートナーに対して自然な敬意を持つことが大切です。それは、生活者としての経験を共有することで育まれると思います。これを体現できているプロジェクトだと感じて感銘を受けました」と語りました。

右奥のテーブルに、坂本ももさん(左)、山本卓卓さん(中央)、萩原雄太さん(右)
藤田貴大・林香菜(マームとジプシー)
「マームとジプシー」は、藤田さんが全作品の脚本と演出を務める演劇団体です。藤田さんはビデオメッセージで参加し、報告は制作の林さんが行いました。
昨年度から創作を進め、海外での上演を目指している新作『Curtain Call』は、演劇という営みそのものをテーマに据えています。2025年5月に東京・新宿で初演を迎え、12月にはYPAMフリンジで上演しました。
フリンジへの参加は早くから決意していたため、初演終了後は、翻訳や字幕制作の準備のほか、その後の展開も見越した劇団のWEBサイトの整理、営業資料の制作も進めていたそうです。
上演には、16か国・20名弱の海外ゲストが来場しました。「今作のように、演劇に集う人たちへの賛歌のような作品は、求めている人がたくさんいると思う」「自分も作中の人物と同様の感覚を抱いていたので驚いた」といった感想が寄せられたそうで、林さんは「作品の本質が伝わっていると実感してうれしかったです」と話しました。
藤田さんは「久しぶりのYPAM参加でしたが、新しい観客との出会いがあり、終演後には感想も聞くことができてうれしかったです。海外のゲストからの声は好意的だったと思いますが、翻訳を介して台詞を受け取っていることを意識しながら、今後も改善を重ねていきたいです」と語りました。
橋本さんは、海外での上演に向けた着実な準備を励ますとともに、現在の作品規模のまま海外展開を目指すことのハードルの高さを指摘して「藤田さんの作品は、日本語としての文学性に特徴があると感じます。たとえば、その特徴を活かしたドラマリーディングの形式で、名刺代わりとなる作品発表の機会を増やしていくことも、ひとつの戦略かもしれません」と助言しました。

林香菜さん

藤田貴大さん
牧原依里
牧原さんは映像作家・演出家で、視覚と日本手話を中心とする自身の身体感覚をもとに映像制作をしてきました。IN TRANSITでは、初めてのパフォーマンス作品である『聴者を演じるということ 序論』を携え、その展開として『聴者を演じるということ 本論』に向けて活動をしています。
同作は観客を巻き込んだレクチャーパフォーマンスで、ろう者が「聴者」を演じるという上演を入口に、異なる身体性を演じることの意味を問い直そうとしています。
本年度はプロジェクトの大きな進展がないといい、2024年に取り組んだ、日本と韓国での上演における気づきについて報告をしました。
*2024年の活動報告については、こちらからご覧いただけます
橋本さんは、この作品が提示する「社会においてマジョリティが多くの物語の表象を握っている」という問題意識は、自身が拠点とするヨーロッパにおいても共通すると言及しました。マジョリティに属するアーティストの作品はヨーロッパで築かれてきた普遍的な価値観で評価される一方で、マイノリティのアーティストは個別のものとして評価されているといいます。

牧原依里さん
守山真利恵
守山さんは舞台監督で、多くの国際共同制作等の技術監督・コーディネーターを担っています。報告では、FTAの視察について、技術面での気づきを共有しました。
FTAでは、各作品の設営や仕込み、搬出搬入、リハーサルなどを見学したほか、技術チームの運営体制・安全管理についてもヒアリングを行ったそうです。
守山さんは「運営に関わる人数が多く、分業・責任の分散が徹底していたことが印象的でした」と話しました。またその体制によって、各スタッフの労働時間も適切に管理されており、チーフ間の連携も綿密だったといいます。また、もう一つの気づきとして、文化地区として再開発されているモントリオールの街の風景についても言及しました。
日本の環境との違いに驚きを感じた様子の守山さんは、最後に「アーティストやプロデューサーがどのような技術者を必要としているのかを知り、その育成について考えていきたい」と話しました。
橋本さんは、FTAでの運営体制に対する気づきについて共感を示しながら、その理由として意思決定構造のハードルの低さを指摘します。「日本よりもヒエラルキーの山の高さが低く、それが対応の速さにつながっているのだと思います」といいました。また再開発に対する言及については、自身が最近訪れたモントリオールの風景を思い返しながら「その発展によって貧富の差が広がっている」と課題感を指摘し、「文化で街を活性化することの功罪も感じます」と所感を述べました。

守山真利恵さん
最後に、批評家として活動している関根遼さん、山﨑健太さんの発表が続き、橋本さんは両者一緒にフィードバックを行いました。
※同じく批評家として参加している高嶋慈さんは都合により欠席。事務局が代理で、現在はマームとジプシー『Curtain Call』の批評を執筆中であると報告しました。
関根遼
関根さんは守山さんと同様に、FTAの視察について報告しました。
主催者報告によると客席稼働率が98%に達したという同フェスティバル。舞台芸術への注目が大きい町であることを実感したといいます。関根さんは、上演された20作品のうち合計8作品を観劇し、視察最終日は共同ディレクターを務めるマーティン・デネワル氏にインタビューを行ったそうです。
モントリオールから「世界」と繋がる フェスティバル・トランスアメリークの現在地 ──マーティン・デネワル(FTA共同ディレクター)インタビュー | Knowledge
関根さんは、FTAの開催地であるモントリオールの歴史的背景にふれながら、上演作品の傾向とフェスティバルの在り方を振り返りました。
*関根さんによるFTA視察レポート
モントリオールのフェスティバル・トランスアメリーク ──「いま・ここ」で国際フェスティバルを行うこと。その意味をめぐって/関根遼

関根遼さん
山﨑健太
山﨑さんは、視察をした2か国の海外フェスティバル・プラットフォームについて報告しました。
ひとつは「Holland Festival」(オランダ・アムステルダム)で、クィアカルチャーに親和性のあるトラジャル・ハレル氏(振付家・ダンサー・研究者)がアソシエイトアーティストとして参加していることを知って、自身の関心と近いことから視察を決めたといいます。
もうひとつは、韓国・ソウルで同時期に開催されていた、SPAFと、PAMS(Performing Arts Market in Seoul)です。催事以外の公演も含め、鑑賞した複数の作品についてその感想を共有しました。
山﨑さんは「来年度も引き続き海外の視察を重ねたい」と話す一方で「1つの土地のLGBTQのコンテクストをじっくりとリサーチする機会もつくりたい」と展望を語りました。また、自身が編集長を務める演劇批評誌「紙背」を批評のコラボレーションの場としても活用しながら「批評の状況をよくしていきたい」と述べました。

山﨑健太さん
橋本さんは、関根さんと山﨑さんの報告を受けて「海外のフェスティバルに対する批評的な視点を、ぜひ言語化していってほしい」と期待を述べました。
全員の報告を終えて中村が、各報告で印象的だった点を引用しながら、全体に対して以下のようにコメントをしました。
「世代交代や社会情勢の変化があり、この20年で国際交流をしていくための前提条件が大きく変わってきました。特に主要サーキットの予算状況の悪化や環境課題も顕在化し、アジアから欧米への国際的な活動展開は、一層厳しくなってきています。そのため『IN TRANSIT』では、従来の欧米中心の作品の海外ツアーや国際共同制作だけを目指していくような事例を参考にするだけでなく、新しいモデルをつくっていく必要があると感じています。それはすぐにできるものではなく、創作段階から交流や対話、再演に向けたブラッシュアップなど、それぞれの試みと成果をつぶさに検証しながら、国際的な動向に日頃から目を向け、対外コミュニケーションを積み重ねていくことが重要です。みなさんと対話をつづけ、この事業期間を次の10年の国際的な活動に繋げていけるよう、新たな活路を見い出していきたいと思います。」
また橋本さんは、参加者に対し改めて激励の言葉を述べたほか、クリエイター等育成支援事業のあり方について言及し、行政と事業者、育成対象者が適切にリソースを活用していくことの重要性を指摘しました。


参加者もまた、中村らのコメントに対して今後の活動に対する展望を再度述べ、本報告会は終了しました。2年間の活動を終えて、それぞれが目的と展望をじっくりとまなざしながら、着実に歩みを進めている様子がみられました。

写真:冨田了平
執筆:臼田菜南
