IN TRANSITに参加しているのは、アーティストやプロデューサーばかりではありません。批評家や技術スタッフなどもこのプログラムに参加し、文化芸術のこれからを創造していきます。

舞台監督として数々の現場に携わる守山真利恵さんも、そんなIN TRANSIT参加者のひとり。彼女は2025年、カナダ・モントリオールで行われたFestival TransAmériques(以下、FTA)を視察。現地で働くテクニカル・ディレクター(技術監督)らの働き方をつぶさに観察しながら、数々の発見を得て帰国しました。

今回、そんな守山さんとともに対談を行うのは、KYOTO EXPERIMENT(以下、KEX)のテクニカル・ディレクターであり、京都を拠点として活動する舞台監督・小林勇陽さん。日本国内と海外における仕事の違い、海外ツアーで直面するトラブル、そしてこれからの舞台監督に求められる働き方を、<実務編>と<環境編>として30代の若手が語ります。

テクニカル・ディレクターが4人いる!?

──IN TRANSITのプログラムとして、守山さんはFTAに視察に行っていましたね。そこでは、どのようなものを見たのでしょうか?

守山真利恵(以下、守山):フェスティバルの技術的な運営の仕方や、個々の演目の作り方を現場で見せてもらいました。そこでいちばん驚いたことが、FTAではテクニカル・ディレクターが4人いることでした。

小林勇陽(以下、小林)え、4人も!? 

守山:毎日17時に全体ミーティングを行って、問題がないならばそこで帰宅します。佳境になるとさすがに17時以降も少し残業するらしいのですが、信じられないですよね。

小林:めっちゃいい……!

守山:4人のテクニカル・ディレクターがいて、その下に各プロダクションの現場付き舞台監督がいるという組織。だから、フェスティバル期間中にお休みも取れるそうです。

──テクニカル・ディレクターはフェスティバルの技術部門を統括し、運営の全体をケアする役職です。日本だとフェスティバル期間中は休めないのでしょうか?

守山:はじめは休みの予定だった日も、いつの間にかなくなっていますね……。

小林:そもそも、日本ではひとりのテクニカル・ディレクターがフェスティバルを回すのが当たり前。情報が一極集中してしまうので、ひとりの作業量や責任が大きくなりすぎます。ところで、FTAでは、それぞれいくつの演目を担当しているんですか?

守山:ひとりにつき5本ほどだそうです。その5本も、それぞれ公演期間が重なっていない。日本では時期が重なってしまい、仕事のピークが一気に訪れることも珍しくないですよね。

──日本国内と海外では、技術チームの組織もまったく異なるんですね。
ところで、おふたりは、これまでどのような海外とのプロジェクトを手がけてきたのでしょうか?

守山一言で海外とのプロジェクトといっても大きく2種類あります。ひとつは、日本の劇団やプロダクションの海外ツアー。わたしの場合、チェルフィッチュの海外ツアーを手がけているのですが、ここでは、現地の劇場やフェスティバルと連絡を取り合い、図面や機材を送り、こちらの要望を伝える。そして現地に入ってからは、仕込みや本番の進行をしていきます。

もうひとつのパターンが、海外から招聘された作品を日本国内の劇場やフェスティバルで受け入れること。昨年、国際芸術祭あいち2025・パフォーミングアーツ部門のテクニカル・ディレクターを務めましたが、向こうのカンパニーの要望を聞きつつ、日本の劇場で上演するためにはどうすればいいかを考え、人や物の手配をしていきます。

──日本のカンパニーが海外で上演する場合と、海外のカンパニーを日本で受け入れる場合、舞台監督に求められる仕事やスキルは異なるのでしょうか?

守山そうですね。作品を国外に持っていくときは、自分もカンパニーの一部として、アーティストのやりたいことを受け入れ先に伝えます。作品としてどうしても実現したい部分は、時に強く主張することもありますね。

でも、海外のカンパニーを受け入れるときには「どう折れるか」を考える。海外で公演するときに、要望が実現しないつらさは理解できるので、そのやりたさを汲み取りつつも、日本のルールに合わせて妥協点を見つけるんです。

──受け入れるにあたって、特にトラブルになりやすい点は?

守山海外のカンパニーを受け入れる場合には、安全管理上の問題がネックになりやすいですね。日本の場合、諸外国に比べて消防法が厳しいことが多く、通路の幅や、舞台から客席までの幅などが決まっています。また、安全のために、客席の上空に物を吊ることはできない。とはいえ「ルールだからできない」ではなく、どうすれば、ルールに抵触しないかたちで向こうのやりたいことが実現できるのかを探していきます。

昨年、わたしがテクニカル・ディレクターを務めた「あいち2025」に招聘された「ブラック・グレース」というダンスカンパニーの受け入れは印象的でした。かれらのテクニカルライダーには、大量の本物の植物が記載されていました……。

──その手配は大変そうですね……。

守山植物を用意することも大変ですが、それ以上に困難だったのが、それを劇場に持ち込むための調整。会場となった愛知県芸術劇場は、愛知県美術館と同じ建物の中に入っています。美術品を保管しているため、建物内に虫が発生することは避けなければなりません。けれどもこの作品にとっては、本物の植物を使うことが不可欠。そこで、芸術祭事務局や県から美術館に対して本物の植物を使うことの意義を説明してもらい、ようやく公演が実現しました。それぞれのルールを理解しつつ、劇場、カンパニー、建物など、あらゆる箇所のつなぎ役として仕事をしていますね。

小林僕の働き方も同様ですね。2025年からKEXのテクニカル・ディレクターを務めているのですが、KEXは一筋縄ではいかない作品がとても多い。水、火、砂を使いたいといったものから、魚を焼きたい、人間が埋まるような大量の泡を使いたいといった要望まで……(苦笑)。一癖ある演目ばかりなのですが、僕自身は、そういう大変さを楽しんでいますね。

──小林さんはフェスティバル全体のテクニカル・ディレクターだけでなく、いくつかの演目の舞台監督も務めていましたね。

小林2025年は、4本の作品に、舞台監督としても現場で携わっていました。

守山:えっ、あり得ない……。

──フェスティバル全体を見ることと、それぞれの現場に入るのでは、舞台監督の役割は違うのでしょうか?

小林テクニカル・ディレクターの場合、全体の進捗状況を確認しつつ、見逃されていることがないかをチェックします。引いた目線でプロダクションを見つめると、たとえば輸送の細かい調整など、自分が現場に入ったときに見逃しがちなことも見えてくるんです。

守山:現場に入ると、日々の稽古や本番をちゃんと回すことに手一杯になって、目の前の状況をどう乗り切れるかという発想になってしまいがちですよね。

どんなお土産を持参する?

──そもそも、おふたりはどのようにして海外のプロジェクトを手掛けるようになったのでしょうか?

小林:僕の場合、フリーになる前は城崎国際アートセンター(KIAC)で働いていたんです。そこで、いろいろなアーティストと出会ったのですが、独立した直後、KIACでクリエイションをしていた庭劇団ペニノの『笑顔の砦』のアシスタントとして香港ツアーに帯同したのが初めての海外ツアーでした。

その後、ヨーロッパツアーにも帯同しました。ただ、チーフの舞台監督が、このツアー直前にコロナウイルスに感染してしまい、急遽参加できなくなった。そこで、突如、アシスタントだった自分ひとりで乗り切ることになったんです。さすがにこのときは焦りましたね。せっかくの海外なのに食事も喉を通らなかった……。

──2回目の海外ツアーで、急遽ひとりに……。

小林:このときは、たまたま舞台美術家も帯同した公演だったので、なんとか乗り切りました。でも、23時まで作業できるという話だったのに、いざ現場に入ると、21時に劇場が閉館すると言われたり、現地の法律で、本番中に火を使うなら、美術セットの中にスプリンクラーを設置しないといけないと言われたり……トラブルの連続でしたね。

──国内での公演では考えられないトラブルですね。そこから、どのようにしてKEXのテクニカル・ディレクターを務めるようになったのでしょうか?

小林:夏目雅也さんが、今までKEXのテクニカル・ディレクターを務めていたんですが、そろそろ若い世代に引き継ぎたいということで、2025年から僕が担当することになりました。

実際に務めてみて驚いたのが、スケジュールの速さ。1年前の段階からテクニカルについてのやり取りが始まっていて、いちばん現場が忙しい会期中に、すでに翌年の演目についての技術打ち合わせが始まっている。まだこのスピード感に慣れていないですね。

──海外のプロジェクトに参加するためには、やはり、英語力が必要になるのでしょうか?

小林:いえ。僕の場合、英語は全然できず、単語を並べるだけ。だから、現場で困ったら、とにかく劇場の人に見に来てもらって、図面を見せながらジェスチャーを交えて説明しています。そうすると、向こうも同じ職種なので、ある程度は理解してくれるんです。

その意味では、語学力よりもコミュニケーション能力のほうが重要です。僕自身、受け入れてくれる劇場のスタッフと仲良くなることを意識しています。なるべく現地のやり方に合わせつつ、一緒に休憩を取りながら少しずつ距離を縮めていく。そうすると、こちらのオーダーにも、なんとか対応しようとしてくれるんです。

守山:仲良くなるのは大事ですよね。そのためにも、手土産を持っていって、それをコミュニケーションの入り口にするくらい。小林さんは何を持っていきますか?

小林:ヨーロッパならおかきを持っていきますね。お米のお菓子は珍しいから喜ばれるし、安くてかさばらない。

守山:わたしは、手ぬぐいとか扇子とか鉢巻とか。そうやって会話の入口をつくり、円滑なコミュニケーションが取れる関係をつくります。

──ほかに、海外公演のために必要なものはありますか?

小林:そもそもの心構えとして必要なのが、国内の上演を海外でも再現することは難しいというマインド。トラブルがあったり、できないことがあるのを前提として、それらにどう対処できるかを考えるんです。

守山:だから、トラブルに動じない力は必須ですよね。海外公演を何回か経験すると経験値が蓄積されていき、無駄にバタバタしなくなる。図面には書かれていない謎の構造物があって、美術が建てられないといったトラブルも日常茶飯事です。

小林:トラックが遅れてしまうという状況もありますよね。それならば、できるところから手を付けるしかない。

守山:海外公演では届くだけマシかも。ロストバゲージもありますし、税関で弾かれてしまうこともある。もし、何かがなくなったなら、買うか、借りるか、つくるかすればいいだけ。「まあ、何とかなる」というマインドは鍛えられました。

とはいえ、「何とかならない」こともあるのを学んだのが、ジャカルタでチェルフィッチュの映像演劇『NEW ILLUSION』を上演したときのことです。

上演当日の朝、チェックをしていると、劇場がある区画ごと全部停電してしまったんです。停電自体はすぐ復旧したんですが、その影響で音響機材がダメージを受けて不安定になってしまった。結果、本番の途中で上演を止めて、機材の復旧をしなければならない事態となったんです。

結果的には機材が復旧して再開できたのですが、その時に感じたのが、国によるインフラの違いです。日本のように安定した電力を前提にできるのは、限られた地域でしかない。そんな想像はしたことがなかったし、インフラという自分には及ばない範囲でのトラブルもあるんだと、痛感しました。


聞き手・執筆:萩原雄太
写真:冨田了平

直面したジェンダーバイアスと、これからの働き方 守山真利恵×小林勇陽 舞台監督対談 <環境編>