舞台監督の守山真利恵さんと、小林勇陽さんによる対談。<実務編>では、カナダ・モントリオールで行われたFestival TransAmériques(以下、FTA)の視察で得られた日本と海外での組織構造の違いを皮切りに、海外とのプロジェクトで必要なさまざまなスキルなどについてお話いただきました。

環境編>では、舞台監督という仕事を取り巻く環境についてお話が進展。いったい、未来の舞台監督はどのような働き方をしていくのでしょうか?

韓国ツアーで味わったジェンダーによる立場の差

──守山さんは静岡芸術劇場(SPAC)でキャリアをスタートしていますね。当時から、海外とのプロジェクトを務めていたのでしょうか?

守山:SPACは海外ツアーも数多く行っていた劇団だったのですが、そこにはあまり帯同していなかったんです。その代わり、英語ができたので、静岡で行う海外のアーティストとの国際共同制作の現場に、演出助手のようなかたちで関わりました。

海外のツアーに同行するようになったのは、独立した後のこと。先輩の舞台監督である川上大二郎さんがチェルフィッチュの現場に誘ってくれて、川上さんが行けないときの代打としてツアーに帯同することになりました。いちばんはじめに参加したのは、2022年に行われたチェルフィッチュの映像演劇「ニューイリュージョン」の韓国2都市ツアー。これは、いい意味でも悪い意味でも印象的なツアーでした……。

──どのようなことが起こったのでしょうか?

守山:韓国は、年功序列で男性の力が強い社会。そのため、年長者の男性の発言が通りやすいんです。そんな場所に、若い女性の舞台監督がチーフとして行くと、現地のスタッフとのコミュニケーションがうまくいかな。それなのに、同じ日本人スタッフでも、年長の男性の話は素直に聞き入れるんです。なんで韓国に来て、こんな思いをしなきゃいけないのか……と、絶望的な気持ちになりました。

──典型的なジェンダーによる格差ですね……。

守山:ただ、希望を感じたのが、この作品を上演したOb/sceneフェスティバルのテクニカル・ディレクターであるシン・ジニョンが、わたしと同じ30代前半の女性だったこと。彼女にとって、この年のフェスティバルがテクニカル・ディレクターとしてのデビュー戦でした。彼女の場合も、わたしと同じように、劇場の年長者の男性に無視されたり、言うことを聞いてもらえなかったりといった苦難の連続だったんです。

そんな経験をともにして、彼女といっしょに「この状況を変えていこう」という話をできたことが、とても印象的でした。今でも彼女とは仲良くしているし、その存在が支えになっています。

──日本でも、技術スタッフはまだ男性中心の世界というイメージが強いですが、他の国ではいかがでしょうか?

守山:香港やシンガポールなど、アジアの他の地域では、わたしと同年代か年下の女性スタッフが頑張っている印象です。2025年の横浜ダンスコレクションに招聘されていたcontact GonzoとTS Crewによる『Bridging Bridge』は、香港にあるWestK Performing Arts Centreとの共同制作であり、向こうのスタッフが数多く来日していました。香港から来たスタッフは、全員わたしよりも年下の女性だったんです。いちばん若い人は26歳でしたね。

小林:先日、台北と台南に行きましたが、どちらも現地の受け入れをしてくれた舞台監督は、同世代にあたる30代の女性でした。また、韓国に行ったときも、女性の舞台監督が対応してくれましたね。アジア圏では、日本よりも、女性のスタッフが活躍している印象があります。

守山:逆に、ヨーロッパではまだまだ男性が中心という印象ですね。

「何でも屋」から脱却する舞台監督

──そもそも、日本と他の国では、舞台監督を取り巻く環境は、どのように異なるのでしょうか?

小林:海外のカンパニーだと、テクニカル・ディレクターが作品ごとについているケースが多い印象ですね。その下に現場の舞台監督がいて、音響チーム、照明チームがいるといった組織になっているイメージです。

守山:ようやくここ数年、テクニカル・ディレクターやプロダクション・マネージャーと呼ばれるような、少し引いた目線から全体をケアする役職が、日本の劇場やフェスティバルにも増えてきた印象がありますが、日本で言われる「舞台監督」は、全体のケアと現場の進行管理が一緒くたにされている。さらに、大道具もやるし、稽古場の面倒もみるし、拾いきれない作業も拾う……。日本では「舞台監督」の仕事の領域が広すぎるんです。

小林:日本の舞台監督って「何でも屋さん」ですよね。たとえば、急遽演出的に映像を使うことになったけれども、映像スタッフがいない……。そんなとき、映像のフォローは舞台監督に任されます。

守山:マクロの立場から関わるか、ミクロの立場から関わるのかで、同じ「舞台監督」といっても、仕事内容は大きく変わる。それは、今後、舞台監督になっていく若い人のためにも分けていったほうがいいでしょう。マネジメントだけでなく、ディレクションまで関わるならば、ちゃんと、「テクニカル・ディレクター」や「テクニカル・コーディネーター」という役職として認識してほしいですね。

──肩書きを変えることによって、仕事内容が明確になりますね。

守山:いま、作品の作り方やフェスティバルの作り方は多様化しています。舞台芸術のアーティストだけでなく、現代美術のアーティストが関わったり、システムエンジニアがコラボレーションすることもある。これまでの、パフォーミングアーツの慣習では対応できないプロダクションも増えています。国際共同制作の数も増えていますが、テクニカルスタッフは、そんな変化に追いついていないのが現状です。

──では、今後、IN TRANSITの参加メンバーとして取り組みたいことはありますか?

守山:これまで、日本では、同世代の横のつながりがほとんどなかったんです。だから、同世代のつながりとか、何かあった時に頼れるような関係性を構築したいと思っています。日本国内はもちろん、韓国をはじめとするアジア圏でも、近い世代の人々が同じような問題意識を抱えている。ゆるやかなコミュニティが構築できれば、困った時に頼り合うことができるし、もしかしたらツアー先の仕切りを任せられるかもしれない。現地で機材を借りたりといった調整もできるかもしれない、と考えています。

小林:そのネットワークはすごくいいですね。先日、自分が国内公演を担当していた市原佐都子さんによる『キティ』のパリ公演がありました。けれども、僕がスケジュール的に帯同できなかったので、現地で仕事をしている舞台監督にお願いしたんです。その人は大ベテランなので、彼女に任せられるならと、こちらとしても安心して送り出せた。現地で安心して任せられる人が簡単に見つかるなら、海外ツアーに向けた動き方も変わるかもしれませんね。

守山:もちろん、わたしも現地に行きたいという気持ちは強くあります。しかし、予算的な面から多人数でのツアーは年々難しくなっている。それに、日本からのツアーだと、飛行機を使うことでの環境負荷も問題となります。でも、舞台監督も現地とネットワークをつくり、現地の人材で公演が可能になればツアーの規模を縮小できる。そうすれば、若いアーティストも海外で活躍しやすくなりますね。

生活と仕事の両立は可能か?

──今後、舞台監督を取り巻く環境や仕事のあり方は、どのようになっていくと思いますか?

守山:女性の舞台監督という意味では数自体は増えているし、先ほどお話した韓国の事例のような「女性だから軽んじられる」というようなことも少なくなっています。それ自体はすごくいい傾向です。でも、女性舞台監督が責任者のような立場になることはとても少ないと思っています。

特に、女性の場合、妊娠や出産といったキャリアの空白期間が生まれやすい。トレンドが目まぐるしく変わり、法律も変わるので、現場は1年休んだだけで様変わりする。そのため、子育てをしながら技術職として第一線を担い続けるのはとても難しいんです。そんな状況を変えなければいけないのですが、構造的な問題が多く、どうしたらいいかを模索している段階ですね。

──そもそも、子育てをしながら舞台監督の仕事をすることは可能なのでしょうか?

守山:今の状況では不可能に近いと思います。現場に入れば、17時に仕事が終わることなんてないし、「絶対にこの日は休み」というスケジュールも組めない。いざ劇場入りすれば、朝10時〜夜10時まで劇場に拘束されることがほとんど。家庭で子育てを分担できる環境になければ、子どもがある程度の年齢になるまでは現場のチーフを担うのは難しいんです。

小林:夕方で帰れるスケジュールにはできないんですかね?

守山:小屋入り期間に余裕を持たないと無理ですよね。仕込みの日数が少ないから、朝から晩まで準備をしないといけなくなる。

小林:子育てと技術スタッフという意味で言うと、ある小劇場の劇場管理スタッフは、赤ちゃんを背負いながら仕事をしているときもあります。作業内容にもよりますが、子どもがいられる環境があれば、一緒にいてもいいですよね。そういう劇場が増えていったらいいのに……。

そもそも、特に劇場に入ってからの作業って、とても疲弊しませんか? 劇場の中は暗くて窓もなく、朝から夜まで働いていると、閉じ込められている感じがする……。だから、小屋入りしてからのタイムスケジュールを決める時に、僕はまず、お昼ごはんと夕飯の休憩から考えるんです。せめて、1時間ずつは休憩時間を確保して、しっかりと休めるようにしています。

その意味で言えば、海外の現場では、休憩の仕方も変わっていましたね。日本では、照明が休憩しているときに音響が作業をするなど、各セクションがずらして休憩をしています。そうすると、責任者である舞台監督は、休憩時間中でも気が休まらないんです。海外の劇場では、一斉に休憩を取り、その間は劇場の鍵も締めてしまいます。そうすれば、舞台監督も休憩時間をちゃんと休むことができる。

そうやって、無理をしないで続けられる働き方を考えていきたいですよね。

守山:働き方という面では、最近、現場に出ずに、コーディネートなどの仕事を増やしています。現場を手放しても、デスクワークを中心とすれば、チーフとしてプロダクションの核心部分に携われる。そうやって、現場に出ない働き方を開発できれば、生活環境が変わっても仕事を続けやすくなります。そんな舞台監督の働き方もあることを、次の世代に見せていきたいですね。


聞き手・執筆:萩原雄太
写真:冨田了平

海外公演で必要な「動じない力」 守山真利恵×小林勇陽 舞台監督対談 <実務編>